―――  続・目が覚めて




 朝起きたら……全く声が出なかった。

―― また、夢か……?

 少し前に、起きたら声が出なくなってた夢を見たことがあったんだけどな…どうやら今日は夢じゃなかったみてぇだ。
 ベッドから立ち上がろうとしたときに出っ張った部分に指先をぶつけ、その痛みでそれを知った。

―― 体調が悪ぃわけでもねぇしなぁ……。なんで声が出ねぇんだ?

 おれが首をひねって原因を考えてたら、バタバタと大きな足音が近づいてきて、バンッと勢いよくドアが開いた。
「トラップ!!」
 飛び込んできたのは、焦った様子のキットン。
 ボサボサの髪の毛に隠れてしっかりと表情は見えねぇが、どうも重要なことらしい。
「あなた…昨日キッチンに置いておいた飲み物、飲みましたね?」

―― キッチンの飲み物? ……あぁ、そういえば飲んだな。

 昨日の夜だ。
 カジノから帰って来てどうにも喉が渇いてたかんな。
テーブルに置いてあったのコップに丁度水みてぇなもんが入ってたからそのまんま……。
 おれが素直にうなずいたのを見ると、キットンは膝を折って大げさに頭を抱えた。
「ちゃんと飲まないように注意書きをしておいたはずなのに、何で飲むんですかっ! あぁぁぁ…もうっ、取り返しがつかないじゃないですかっ!!!」

―― 取り返しがつかないって、どーいうことだ?

 そう聞きたくても聞けねぇから、肩をすくめてキットンを見てたら、気付いたあいつはドンと床を叩いて続けた。
「あ、あ…あ、あれはですね! 口にした人の声を永遠に奪ってしまうという、沈黙の実の汁だったんですよ!」

―― 永遠に…奪う……? あんだって…? 
―― 口にした人の声を永遠に奪うってこたぁ……おれ、一生声が出せねぇってことかっ!?

 ダラダラと冷や汗が流れる中、頭を抱えたキットンがおれに聞く。
「注意書きを一緒に置いておいたはずなんですが…本当に見なかったんですか?」
 必死で昨夜の記憶を掘り起こすも、やっぱりそこに注意書きなんかなかった。
酒だって酔うほど飲んでねぇからな、それは確実だ。
 おれが、それを伝えるために左右に首を振ったそのとき、クレイが部屋に入ってきた。
「…それって、これか?」
 差し出された手には、1枚の紙。

『危険。飲むべからず。』

 汚い字でそう書いてあった。
「そっ…そうです! どこで見つけたんですかっ!!」
「テーブルの下に落ちてたけど…?」
 おれとキットンを交互に見ながら言うクレイの言葉に、おれは身体の奥からふつふつと怒りが湧き起こってくるのを感じた。
 だって、そうだろ?
 昨日、おれはその紙を見てねぇ。
んで、そいつがテーブルの下に落ちてたってことは……おれが昨日帰ってきたときには、もうなくなってたってことじゃねぇか!
 つまり、おれの声が出なくなったのは、しっかり注意書きを固定してなかったキットンのせいってことだろっ!!

―― このやろっ!!

「ぎゃあぁっ!」
 おれは、ゴンっと大きな音が響くくらい、キットン頭を殴ってやった。
「痛いじゃないですかトラップ!」

―― 取り返しのつかねぇことになったのは、おめぇのせいだろーが!!

 いつもなら、口で言ってやるとこだが、その声が出ねぇ状態じゃそうもいかねぇ。
 だからおれは、殴られた所を押さえながらおれを見てくるキットンをもう一発殴って、思いっきり目をそらしてやった。




 沈黙の実の効力を消す方法を探させるために、キットンを追い出した後、おれはベッドに寝転んだ。
 しゃべれない状態じゃ、外に行ったって何ができるってわけでもねぇしな。
 ただ、何にもすることがねぇと余分なことまで考えちまう。

―― ホントにこのまんま声が出なかったら、おれはどうすりゃいいんだ?
―― 洒落になんねぇ状況だぜ……。

 おれは、はぁ…っとため息をついて目を閉じた。
 寝てる間は今の状況を忘れられるし、な。

 とにかく今は、キットンが何らかの方法を探し出して帰ってくるのを祈るしかねぇぜ。




 どれくらいたったか。
 記憶はなくなってっから、多分何時間かは寝てたんだと思う。
 ま、起きた瞬間はそんなことに気づく余裕もなかったんだけどな。
 あん? なんでかって?
そりゃな、無茶な方法でおれを眠りから覚ました奴らがいたからだよ。


 ドシンッ!!

―― ぐえっ…!

 突然、衝撃と共に訪れた苦しさにおれは思わず目を覚ました。
「とりゃー! ルーミィたちとあそぶおう!」
「トラップあんちゃん、一緒に遊んでくださいデシ!」

―― 誰が遊ぶかってんだ! ってか、おめぇら上に乗ってんじゃねぇよ!

 容赦なく腹の上に座られてそう叫ぼうとするが、出てくるのは息ばかり。
 腹に与えられる衝撃にその息すらも止まりそうになり、必死で酸素を吸いながらなんとかチビ2人をおれの上からどけた。
「とりゃー、なにしてあそぶおう?」
 キラキラとした瞳でおれを見つめるルーミィとシロ。
 どうもさっき口を開いた時に、一緒に遊んでやる、って言ったと勘違いしちまってるみてぇだ。
 そりゃ声なしで、口だけパクパクしてる状態じゃ言いたいことが伝わらねぇのはわかりきってたが……おれが怒ってるのすら伝わらねぇとは。
 おれの表情から気持ちを読み取るのは、こいつらにゃまだ無理ってことか?

 今日何度目かのため息をついて再び眠るのを諦めたおれは、チビたちと一緒に外に出ることにした。



 外に出てみりゃ、ポカポカと春の陽気。
 寝てる間にどうも昼を過ぎてたみてぇで、太陽は真上からほんの少し西に傾き始めてた。
「あ、のりゅー!」
 ルーミィの声に、すぐ近くでノルが薪割りをしてたのに気付いた。
 手を止めて、駆け寄るその身体を抱き上げたノルはにこりと笑う。
「ルーミィ、シロ、どうしたんだ?」
「とりゃーにあそんでもらうんだお!」
「わんデシ!」
 満面の笑みで話す2人にうなずきながら、ノルはちらりとこっちを見た。
 おれはそれに肩をすくめてみせる。
すると、ノルは静かにうなずいた。
 どうも、さっきの動きだけでおれが遊ぶことに乗り気じゃないとわかったらしいノルは、
「2人とも、おれと遊ばないか?」
とチビたちに聞いた。
 したらどうだよ。
 あいつらキャーキャー喜んで、あっさりノルと遊ぶ方を選びやがった。
 いや、まぁ…そうすりゃ、おれが相手しねぇですむからいいっちゃあいいんだが……。 

―― これでまた昼寝できるな。

 おれのすることは無くなったわけだから、そう思いつつノルたちに背を向けて旅館に戻ろうとしたときだ。
「トラップ。おれの代わりに、薪割りの続き、頼んでもいいか?」

―― げっ……。

 いつものおれならなんだかんだ言って逃げるとこだが…今日のおれにゃそれはできねぇ。
 それに、ルーミィたちの相手、変わってもらっちまったしな。
 おれは了解の意を込めて、ノルに向かって右手を上げた。


―― 引き受けたとはいえ……この量は多くねぇか?

 散歩に出かけたノルたちを見送った後、おれは薪の山を見てげんなりした。
 夢みてぇに見あげるほど山積みってことはねぇが…それでも、おれの背と同じ高さはあんだろ?
なだらかな山みてぇに置かれてっしなぁ……。

―― どんだけかかんだよ、これ………。

 呟く言葉は音にはならず、ただ息を吐くだけに終わる。
 そのむなしさが自然とため息を引き出し、おれは肩を落とした。




 頼まれた仕事が終わったのは、3時間ほど経ったころ。
 身体を鍛えてるとはいえ、自分の体重と似た重さの斧を振り下ろして薪を割るのは辛ぇもんだ。
 額を滑り落ちる汗を袖でぬぐいながら側の木まで歩いてきたおれは、するするとそれに登る。
そして、その幹と枝に身体を預け帽子を顔の上に乗せた。
 旅館に戻ってベッドで寝るって手もあったが、またさっきみてぇに誰かに起こされるのも気分悪ぃだろ。
 邪魔されねぇで寝るならここのが都合がいいってわけだ。
 下から声をかけられても、おれが降りなきゃいいんだしな。



 おかげでその後は声をかけられることもなく昼寝をし、日が沈んでから猪鹿亭へ夕飯を食べに。
 旅館に帰ってからは、自分のベッドに寝転びながらクレイが剣を磨く音を静かに聞いていた。
 その規則的な音にいつしかまぶたが落ち…次に目が覚めたのは、灯りもない真っ暗闇の中。
クレイがベッドから起き出す気配がし、扉を開ける音が小さく聞こえた。

―― 何しに行くんだ?

 喉が渇いて何かを調達しに行ったのか…とも思ったが、廊下からかすかに聞こえた音でそれが違うことがわかる。
 戸を叩いた音に続いて、ゆっくりと扉が開く。
 そして、内容までは聞こえないが男と女の声が……。

―― こんな時間に、パステルに用だと…?

 パタパタと足音が階下へと遠ざかるのを聞きながら、おれは身体を起こした。
 常識人のクレイが夜中に人を起こすってことは…よっぽどのことだろう。

―― そういやぁ、いつもならおれになんだかんだと声かけてくんのに、
―― 今日はキットンの注意書きを持って来たときだけだったような……。

 思った瞬間、ぞくりと悪寒がする。

―― まさか…?

 よぎった思いを否定しようと頭を振るが、追い出すことなんかできるはずがねぇ。
 いてもたってもいられなくなり、足音を忍ばせて廊下を歩いた。
 階段まで来て下の気配を探るが何も感じられない。
 そこには誰もいないと判断し、少し早足で階段を降り1階にたどり着く。
 すると、かすかに入口が開いていてそこから月明かりが差し込んでんのが見えた。

―― 外……か。

 おれは、体勢を低くして扉横の壁に背をつけ外を窺う。

―― …いた。

 月とカンテラの灯りに照らされて立つ、パステルとクレイの姿が見えた。
 後ろ向きのクレイに隠れて、パステルの表情まではわからなかったが…張り詰めた空気。
 思わず唾を飲み込んだ音がいやに大きく聞こえた。

―― なに、話してんだ…?

 必死に耳を澄ましてみても、小声で話してるようでほとんど聞こえねぇ。
 逆に自分の心音が身体中にうるさいくらい響きやがる。

―― くそっ……! まさか、だ。 まさか、パステルに告白なんかしてねぇだろうな?

 強く手を握りしめながら、おれは唇を噛んだ。

 クレイがパステルのことを好きなの知ってんだ。
 見てりゃわかる。
 パーティ全員に気を配るやつだが、パステルは特別だ。
 いつでもその様子を見守って、悩んだり困ってるときには声をかける。

 おれにはできねぇことを、自然にやってのけるクレイ。

 他の誰にも負ける気はしねぇが、こいつにだけは……勝てる気がしねぇんだ。


「…パステル……」
 一呼吸置いての、はっきりしたクレイの声が聞こえて、身体がビクついた。
 外の2人に目をやると、互いを見つめ合ったまま動かねぇ。
 しんとした空気に脈拍が増し、荒くなる息をおさめようと大きく息を吸ったとき、だ。
「……おれ、君と……」

―― 君と…?

「君と一緒に……」

 バタンッ!!

 最後まで聞く前に、おれは外に飛び出していた。
「トラップ!?」
 驚いてこっちを見るクレイの向こう側で、かすかに頬を染めたパステルを見た瞬間、おれの中で何かがはじけた。

 勝てる気はしねぇさ。
でも、パステルは誰にも渡せねぇ!!!


「パステルはおれのもんだっ!!! おめぇにはやれねぇっ!!」


 周辺にこだまする、おれの声。

―― な、に……?

 永遠に出なくなったはずのそれが発せられたことに驚いて、口元を押さえて視線をさまよわせた。
 一体何が起こったのか、自分にもわからなくなっちまってたからな。
 我に返ったのは、ほんの少し後。
 頭をかいて苦笑するクレイと、真っ赤にした顔を思いっきりほころばせるパステルに気付いたときだ。
 一瞬にして血が顔に集まる。
 その顔を見られたくなくて慌てて2人に背を向けるが、その行動は無駄に終わることになる。
「やーっと言ったわね? トラップ」
「マ……マ、マリーナっ!? おめぇ…・・っ!?」
 いつ来た、と言えねぇくらい焦ったおれの胸は、信じられねぇ速さで打ってやがる。
 マリーナはおれの聞きたいことには答えず、にこりと笑った。
「ね、トラップ。今日、何の日だったかわかる?」
 平静をなくした今のおれがいくら考えたって、思考は空回りするばかり。
 今日が何日なのかすら思い出せなかった。
「4月1日」

―― 4月1日……?

「エイプリルフールよ」
 その言葉にはっとして、おれは後ろを振り返る。
 そこにはすまなさそうな顔をしたクレイと照れ笑いしてるパステル、いつの間に帰ってきてたのか…グフグフと気持ちの悪ぃ笑い声を出してるキットンまでいやがった。
「……今日のことは、全部……嘘、か」
「その通りよ」
 憎らしいほど綺麗な笑みを浮かべてうなずくマリーナに、おれは心の中で頭を抱える。

―― じゃ、何か? おれはその嘘に乗せられて………っ!

「あ、ちなみに、さっきのトラップの言葉が嘘だったって言おうとしたって、無駄だからね?」
「……あんでだよ?」
「もう4月2日になってるから」
 ヒラヒラと手を振って旅館の中に入っていくマリーナを見ながら、おれは何も言うことができなかった。
 それを追って、クレイとキットンも中に入っていき…外に残されたのは、パステルとおれだけになった。
 とはいえ、さっき言っちまった自分の言葉が今更ながらに恥ずかしくて後ろを向くこともできねぇ。
 パステルの方も、おれが自分を見ようとしねぇから声をかけにくいらしく、ためらってんのがわかった。


「……トラップ!」
 声をかけてきたのは、それから少したった後だ。
「……あんだよ」
「あの……ごめんね」
 その言葉にゆっくり振り返ると、すまなさそうに上目でこっちを見るパステルと目が合った。
 とたん、落ち着いていたはずの心臓がドキンと跳ねる。
「わたしがマリーナに頼んだの。トラップがわたしのこと、どう思ってるのか知りたいって……」
「……パステル……」
 一度大きく息を吸ったパステルは、はしばみ色の瞳を笑ませて声を押し出した。
「わたしね、気がついたらトラップが好きになってた。マリーナは、トラップは絶対わたしのことが好きって言ってくれてたんだけど、自分じゃわから…っ……!!」
 言葉尻を聞かないまま、おれは目の前の身体を腕の中に引き寄せていた。
 互いに早くなった鼓動が合わせた胸から伝わってくる。
「………嘘じゃ、ねぇな?」
「もう…エイプリルフールは終わったよ?」
 くすりと笑う声と共に届いた言葉に、自然、抱きしめる腕に力がこもる。
 背に回された温かな手の感触を感じながら、おれはパステルの耳元に唇を寄せた。

 まだ伝えていない、真実を伝えるために。





     fin






――――――――――
≪2007.4.12にお届け≫
パレアナさんへの「黒の書」20000(+6)Hitのキリ番リクエストの贈り物です。
「トラパスまたはトラ→パスで、トラップをいじめる小説」…のはずが、
トラ→パス→トラになり、その上トラップをいじめきれていないし、更にちょっぴり時期遅れなものに(汗)
パレアナさーん!! 私のトラップいじめはこのあたりまでで限界でしたー!!(爆)

パレアナさん、どうもありがとうございましたv



ちなみに…文中で出せなかったんですけども、沈黙の実の効力は1日。
トラップは声が出るようになってたのに気付かずにいた、というオチ。(笑)





BACK


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送