―――  いつもの朝




 寝苦しい日々もようやく終わりが近づいてきたようで、ここ何日かはやっと夜中にゆっくりと眠れるようになってきた。 
 ただ、いっくら寝苦しさがやわらいだっつっても、どっちにしたって朝は布団から離れがたかったりする。 
 やっぱ人間寝れるときに寝とかねーと。あ、これじっちゃんの口癖ね。 
 そのごもっともな教えに身を委ねて、今朝も布団の中の時間を満喫していた。 
「トラップ、トラップってば! 起きてよー!」 
 気持ちよくもう一眠りでもと思ったとき、不意に耳元で鮮やかに聞こえた声。 
 ちょうど見始めかけた夢の中でも名前を呼ばれていて、それが夢の中でのことなのかそれとも現実なのか、一瞬判別がつかなかった。 
「もー、なんでいっつもこんなに寝起きが悪いのよっ! たまには置いていってやろうかしら」 
 でもそうするとあとがうるさいし……とぶつぶつと文句を言う声に、ああ、こいつは現実の方か、とやっと頭がついてきた。 
 夢ならもちっと起こし方が変わってくるはずだから。 
 ちぇっ、せっかくの夢から醒めちまった。 
「こうなったら、いつもの手で起こそうかな……」 
 いつもの手? きっとこいつのことだから、また「宝箱が!」とでも言うつもりなんだろう。 
 いい加減ワンパターンだとは思わないのかね。 
 まぁ、ほんとに寝ぼけてるときはそれに反応しちまうおれもおれだと思うけど。 
 気付かれないようにちらりと薄目を開けて、真剣に腕組みをして考え込む姿を眺めた。 
 んな考え込むほどのことでもないだろうに。 
 それでも、そのあまりに真剣な表情に、思わず顔が笑いそうになった。 
 今この瞬間、こいつの頭ん中にはおれのことしかないわけだろ? 
 なんかイロイロと間違ってる気もしなくもないけど、それはそれとして、やっぱり微妙に嬉しい。 
 ほかの誰でもなく、おれのことしか頭にないのなら。 

 ……こんな朝なら、ほんのちょっとくらいのイタズラ、許されるだろうか? 

「トラップ! こんなところに宝箱が!!」 
 耳元で思いっきり叫ばれる。 
 ……これって、単に大声で起きてるんじゃねぇの? おれ。 
「あ、あれ? いつもならこれで起きるのに! ちょっと、ねぇ? トラップ?」 
 いや、今回はとっくに起きてんだけどな。 
 顔が笑いそうになんのを必至で耐えて、眠ったふりを続けた。 
「ね、ねぇ、トラップ?」 
 何もそこまで不審がるこたねぇだろ。 
 恐る恐る、といった感じで覗き込む気配を感じて、がばっと体を起こしてその細い首筋に抱きついた。 
「……!」 
 いきなりのことに声も出ない姿に笑いを噛み殺しながら、寝ぼけた振りを続けてみた。 
「おたからみっけー」 
「ちょっ、トラッ……! ね、寝ぼけてないで離してよ! 起きてってば! はーなーしーてー!」 
 やだね。せっかくきもちーのに。 
 そのとき、がちゃりとドアが開いてのんきな声が聞こえた。 
「パステルー、トラップ起きたかー……って、ご、ゴメン! 邪魔した!」 
 なかなか戻ってこないパステルを心配して覗きに来たであろう我らがリーダー殿は、部屋の中を一瞥した瞬間、半ば開けかけていたドアをバタンッと勢い良く閉めた。 
 せっかく現れた救いの神が(しかも間違いなく多分に誤解をしたまま)早々に姿を消してしまって、パステルは慌ててドアに向かって声をあげていた。 
「うそ、ちょっ、違う! クレイ待って! 助けてってばー! もー、トラップも離してよー!!」 
 いや、この状況でもう1回ドアを開けられる奴なんてそうそういねぇだろ。 
 顔を真っ赤にしてじたばた暴れる姿と感触を暫く楽しんだ後、そろそろ潮時か、と、ぱっと手を離した。 
「うひゃっ」 
 思い切り暴れていたせいか、おれの戒めから解かれたパステルは勢いあまってしりもちをついていた。 
「……トラップ、……あんた、途中から起きてたんでしょ」 
「あ、ばれた?」 
 涙目の瞳でじとっと上目遣いで睨まれて、悪びれもせずに答えてみせる。 
 そんな目で見られても、おれを喜ばすだけだとは思いもしないんだろうね。 
「でもあれだな。もちっと抱き心地がいい方がおれとしちゃうれしいんだけど?」 
 特にこの辺とか? にやりと笑って親指で自分の胸の辺りをさしてやる。 
「なっ……!」 
 おれの一言に、ただでさえ赤い顔をしていたパステルは、さらに顔を真っ赤にしておれに向かって枕を投げた。 
「トラップのバカー!!」 
 枕をひょいっとよけたおれは、座り込んだままのパステルを部屋に残したまま、鼻歌交じりで廊下へと避難した。 



 その日の午後、何もかもを理解しているという顔でおれの肩にポン、と手を置いたクレイの脚を思いっきり蹴ってやったのは、また別の話。 
 ……ちきしょう、ムカつく。








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 椎森ぐん様のサイト、「飛べない鳥」からいただいて参りました、残暑見舞いSSです。
 トラップのちょっとしたイタズラが萌えですねっ!! とっても読んでて楽しいトラパスでしたv
 どうもありがとうございました!!











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