――― おかえり
ミーン ミーン ミンミン
川沿いの道を自転車で走る。
蝉の鳴き声が、照りつける太陽が、
「あっつ〜〜いって」
思わず力なくぼやく声が出る。
Tシャツから出た腕も、帽子を被っていない頭も地面と同じくジリジリと焼かれていて、暑さを倍増してくれているようだ。
「なんだってこんな真っ昼まからチャリで走んなきゃなんないんだよ」
ぼやきながら、母さんの顔と言葉を思い出す。
『お盆用のお供え買い忘れちゃった! ちょっと、買ってきてちょうだい!』
わたわたと焦る母さんに、正直そんなにお盆って大切か?? って気持ちがないわけじゃない。
けど汗を流しながら家の用事を済ましている母さんの頼みを、
ただいま夏休みの真っ最中!! 今日は友達の誘いもないんでゴロゴロしてます♪
な俺が断れるはずもなく、クーラーも扇風機もないこの自然の風の中を走るハメになっちまった。
「でもせめて、夕方にしてくれてもいいんじゃ」
昼の陽射しは当然キツクて、キレイに晴れ渡った青空も目に痛いぐらい眩しい。
ああ、さっきまでのあの快適な空間に戻りて〜〜。
もしくはこのまま川に入りて〜〜。
俺も地面もジリジリと焼かれているけれど、川はその太陽の光をただキラキラと跳ね返している。
冷たいんだろ〜な〜〜。
足浸けるだけでもキモチいいんだろう〜な〜〜。
母さんは焦ってたけど、でも足浸ける時間ぐらいは大丈夫だろうし。
「・・・・・・」
人間、誘惑には勝てないもんです、はい。
しかもちょうどいいタイミングに土手から川原に続く小道が出てきた日には
ガタガタガタ、ガタガタ
ちゃんと舗装されてない小道に少々上下に揺さぶられながらも川原に着けば、本当にキモチ良さそうな水の流れる音が真傍で感じられる。
チャリを止めジャリ道を石を蹴散らしながら走り、俺は川に向かって一直線!!
の、はずが
「??? なんだ、あれ?」
ふいに目に入った黒い影に足を止め、それがあるほうへと顔を向けた。
ふわっふわっとそれは重力に逆らいながら飛んでいた。
黒い影だと思ったそれは、それ自体がグレーよりも濃い色、けれど黒よりは薄い色をした
「トンボ?」
だった。
季節柄そろそろ赤トンボが出てきてもいい頃だけれど、こんな色のトンボなんて見たことは、ない?
いや、以前に見たことがあるような気もしないでもないんだけれど、その記憶の部分に霧がかかったように上手く思い出せない。
なんだかひどく不思議な気がして、暑さも、川に入ることも忘れて俺はその影色のトンボのほうへと足を向けた。
ふわっふわっと飛んでは川原の石の上に降り、そしてまたふわりと飛びあがる。
いつも見る赤トンボよりももっと軟らかな飛び方で(赤トンボは音にするなら“スイッ”って感じ)なんだか本当にそこにいるのか現実味がない。
けれど現実味がないなら、この手に掴まえればいいわけで
ゆっくり、ゆっくり、影色のトンボに気付かれないように近づいていった。
『おばーちゃん、ほら僕捕まえたよ!』
『あらケンちゃんダメよ、それを捕まえちゃ』
『えーーどうしてーー。折角僕掴まえたのにぃ』
『そのトンボは、ダメなの。そのトンボはね』
『トンボは?』
『トウロウトンボって言ってね、今みたいなお盆の時期に出てくるトンボなの』
『オボン?』
『そう、お盆。お盆にはご先祖様の霊が帰ってくるんだけれど、ご先祖様はそのトウロウトンボに乗って帰ってくるの』
『ゴセンゾサマ?』
『だから、そのトンボを捕まえるとお盆が終わってからご先祖様が帰れなくなっちゃうの。だから、ダメ』
『ダメ?』
『そう、ダメ』
ふっと思い出された会話。
あれは俺がもっと小さい頃、ばーちゃんと一緒にこの川原に来た時にしたものだった。
当時の俺には難しい言葉ばかりで全く理解出来るものではなかったけれど、今ならわかる。
きっと昔からそう言う風に言い伝えられているものだったんだろう。
けれどあの頃の俺はトンボを捕まえることが出来たうれしさと、きっとばーちゃんなら誉めてくれるだろうと思っていたから、ダメだと言われて泣いてしまったような覚えがある。
でも、きっと。
あの優しい目でトウロウトンボを見ていたばーちゃんには、トンボに乗った誰かが見えていたのかもしれない。
だから頑なにダメだと言っていたのかもしれない。
だって、だって
「ばーちゃん、おかえり」
今、俺の目には。
数年前に死んでしまったばーちゃんの優しい笑顔と、写真でしか見たことのないじーちゃんの顔。
それがトウロウトンボの向こうに、確かに見えた気がしたから。
−fin−
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あげ太様にいただいた、残暑見舞いSSです♪
正直に言いますと…これを読んだとき、いつの間にか涙が出てました。丁度いろいろあった時期が重なったこともあったんでしょうが……読んだ後、とてもやさしい気持ちになれました。
あげ太様、ホントにありがとうございました!!
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