―――  後始末




 気づかれないはずがなかった。 
 深夜、部屋を抜け出したこと。マリーナたちがごまかそうとしてくれたらしいんだけど、それでも。 
 噂にならないはずがなかった。 
 ――同じ時間、同じく部屋を抜け出した男子がいれば、そりゃ、ね。 


 修学旅行の最終日。 
 わたしとトラップは、すでに学年中の有名人となっていた。 


「でさぁ、結局どこまでいったの?」 
 昼食をとりながら、リタが横からずいと顔を寄せてくる。あの夜のことを聞いているみたい。 
 その途端、気のせいかほかの周りのみんなの耳がぴくりと動いた気がした。 
「え、どこまでって…まあ、ホテルからは出てないよ?」 
「そーじゃないっ。行き先を聞いてんじゃなくて、二人の関係のことを聞いてんの!」 
「えっ」 
 関係、って――。 
 あの夜のことを思い出して、カアッと顔が熱くなる。 
 それをどういう意味に受け取ったのか、リタがわたしの背中をばしっとはたいた。 
「やぁっだ! パステル、やーらしー!」 
 カラカラというリタの笑い声は気持ちいい。背中は痛いけど。 
 でも、周りからは……。クスクスと、いかにも愉快そうな、でもひそかな声が聞こえてくる。 
 それがくすぐったくて、恥ずかしくて、わたしはどんどん赤くなる。 
「リタ、その辺にしときなさいよ」 
 ぽんぽんとわたしの頭に手を置いてくれたのは、リタとは反対側の、わたしの隣にいてくれるマリーナ。 
 知らずにうつむいていた顔を上げると、彼女の瞳が優しく微笑んでくれた。 
 うう、心強いなぁ。 
「あの夜にどこまでいったかは、三人きりになった時にうかがいましょ。――たっっっぷりと、ね」 
 ……一気に全身が冷えた。 
 優しいと思ったその瞳の奥、よく見ると妖しい光が輝いている。こ、こわいよぉぉぉ! 怒ってるー!? 
 って、ああ、そっか。わたしが悪いのか…。 
 部屋を抜け出したことでずいぶん心配かけたみたいだから。 
 抜け出したというか、抜け出すうまい言い訳ができなくて、強引に飛びだしてきちゃったんだよね。 
 しかも、携帯電話を持って出たんだけど、トラップが電源を切っちゃってね……。 
 そりゃ怒るよね。 
 なのに二人は、事情もよくわからないのに、変な噂が広まらないよう努力してくれて。 
 結局それは徒労に終わらせることになってしまったのだけど。 
 この友人たちの存在は、本当にありがたいと思う。 


 今日はこれから、飛行機に乗って帰るのみ。 
 で、明日とあさってが代休でしょ。 
 次に学校に行くのは、しあさって。 
 その間に、少しは噂、おさまってるかなぁ…… 
 ため息が出る。色がついていたなら、たぶん濁ったグレー。 
 困ったなぁ。 
 早く落ち着いてほしい。 
 そう思いながら美味しいとも感じられない食事を続けていると。 


「なんだ、まーだ食ってんのかよ?」 


 周囲がどよめいた。 
 ちょっと… 
「なんで来んのよ!? トラップ!」 
 そう言ったのはわたしじゃない。マリーナだ。 
 彼女はわたしの背後を横目でキッとにらんだ。 
 ……わたしは、動けない。 
 みんなが見てる。 
「なんでって。旅行係の最後の打ち合わせ会議があるから、呼びにきたんだけど」 
「パステルは食べ終わったらちゃんと行くから。先に行ってなさい」 
 しっしっとトラップを追い払おうとするマリーナを見て、彼女がわたしを思いやってくれているのが、よくわかった。 
 リタを見てみる。彼女は面白そうにわたしを見つめていた。 
 その目は 
「パステル、どうする? どうしたい?」 
 と、問いかけているようでもあった。 


 席を立つ。 


「いいよ、もう食べ終わったから。トラップ、一緒に行こっ」 
 ごく自然な言葉のつもりだったけど、なぜか周りが盛り上がった。 
 「キャー」という黄色い声まで飛んでくる。 
 ………つ、疲れる……っ……………。 
 トラップはそれなのに全くお構いなしで、「んじゃ行くか」ときびすを返した。 
 マリーナは少し心配そうな瞳で。リタはニコニコ笑って、見送ってくれた。 
「じゃ、待ってるね、パステル」 
「いってらっしゃ〜い」 
「うん。いってきます!」 




 廊下を歩くときも、二人並んでいると注目の的だった。 
 やだなぁ、こういうの。慣れないなぁ。 
 でも、うつむくのもしゃくだから。 
 ぐっと首に力を入れて、正面を向く。 


 半歩前を行くトラップが、ちらりと振り返った。 
「…なに?」 
「いんや。おめぇ、こういうの、平気かなと思ってよ」 
 こういうのってのは、この、何を言ってもやっても人が騒ぎたてる状況のことだろうか。 
「平気かっていったら、そうでもないけど……ううん、でも、平気」 
 強がりじゃない。 
 普通ではいられないけど、それでまいっちゃう程でもない。 
「あの夜のことは、まぁ、みんな想像が行きすぎてる気がするけど。それでも丸きり嘘ってわけじゃないし」 
 事実じゃないことがこんなに大きな噂になったら、腹も立つんだろうけどね。 
「だから平気! それに…」 
 なんていえばいいだろ。 
 口ごもってしまうと、トラップがひょいと顔を近づけてきた。 
「それに?」 
「うん…あの、ね?」 
 こればっかりは、正面を向いては言えない。 
 うつむいて、ぽそりと告白する。 


「あの……トラップが、いるから。平気」 


 だって。 
 この人はわたしを想ってくれる人。 
 それ以上に、わたしが想う人。 
 そんな人がそばにいてくれるんだから、何を怖れることがあるだろう。 
 しかも、今は。彼がきっと離れないでいてくれるという、確信がある。少なくともしばらくの間は。 


 わたしの呟きを拾った彼は、無感動に「ふ〜ん」と声をもらしただけだった。 
 と思ったら。 
 周りが一斉に、色めき立った。「キャー」だの「お〜」だの「ダイターン」だのという単語が飛んでくる。 
 えっ、なに、何?? 
 顔を上げて、ふと気づいた。 


 トラップの手が、わたしの肩にまわされていた。 


「……こういうことしても、平気か?」 
 そっぽを向いて言った台詞は、たぶんわたしに、だよね? 
 こういうことって………こういうこと、だよね? 
 肩に置かれた手に目をやる。 
 それから辺りを見回す。 
 たくさんの目が、楽しそうに、わたしたちを見ていた。 


 なんか意外だ。 
 トラップが、わざわざこんな形で、目立つことをするなんて。 


 でも答えは一つ。 


「平気」 


 わたしは簡潔に言った。ほほ笑む余裕すらあった。 
 恥ずかしいけど。居心地良くはないけど。 
 トラップが支えてくれる。 
 こんなに心強いことはない。 


 その答えを聞いて、トラップはこっちを向いた。 
 ――ビックリするような笑顔だった。 
 だって、なんか、今にも「ひゃっほー!」と叫びだしそうな。なんて顔、するのよ。 
 わたしの肩に置いた手にも、ぎゅ、と力が加わった。 
 トラップの胸にぴったり、くっつく形になった。 


 もう、あったかいを通りこして、熱い。 
 暑い。 


「んじゃ行くか」 
 さっきも聞いた気がする言葉を口にして、トラップはわたしをうながした。 
 いつの間にか止めていた足。二人で歩きだす。 
 肩を抱かれながらというのは慣れなくて、歩きにくくて。 
 でも、慣れることができたらいいな、と思った。 




 修学旅行が終わろうとしている。 
 いろいろなことがあった。ありすぎてパンクしそう。 
 だけど、よかったな、と思う。 
 トラップと一緒に、この係ができて。 
 みんなと一緒に旅行ができて。 


 これから先、どんなことでも頑張れそうな気がする。 
 たとえば…受験勉強。 


 うん。頑張れる! 


 でもとりあえずは。修学旅行係の仕事をしっかりこなしませんとね。もう最後なんだし。 
 会議をする部屋の入口に立って、トラップの手をわたしの肩からはずした。 
 やるべきことをやる時は、きちんとね。 
 トラップは少し面白くなさそうな顔をしたけど、不満は言わなかった。 
 ただ、「ま、終わったあとだな」とだけ、ちょっと楽しそうな口調で言った。 




 修学旅行の締めくくりは……これから。










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 パレアナ様にまたまたまた(!)素敵なものをいただいてしまいましたよぉっ!!
 学園版…その後の2人ですv
 この前の話を読んでて、後の展開が気になるなぁ…と妄想をくり返していましたら、そのまた後がきたのですよ―――っ!
 思わず画面の前で1人で叫び出しそうなくらい、うれしかったですv
 本当にありがとうございました♪











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